2019 . 10 . 11
とよピープル

1300年ぶりの大チャンス?“豊かな丘”の村長が語る、交通新時代への思い

“陸の孤島”に、千載一遇の好機がやってきた

──「とよのーと」のスタートにあたり、村長から豊丘村とはどんなところなのか、ご紹介をお願いします。

下平喜隆さん(以下、下平):豊丘村は昭和30年、神稲(くましろ)村と河野村が合併して誕生した村です。長野県の南部に位置していて、日本一とも言われる河岸段丘には果樹を中心とした農地や水田が広がるだけでなく、工業団地もあり産業のバランスのとれた村という自負があります。山間部はそのほとんどがアカマツ林で、秋にはその恩恵により質・量ともに素晴らしい松茸が採れる土地。昭和30年の合併の際に名付けられた「豊丘」という名前にふさわしい、豊かな恵みのある村なんです。

──たしかに、りんごや松茸、お米もとれて、自然に囲まれた本当に豊かな村、という印象です。

下平:ありがとうございます。僕も子どもの頃は魚獲りが大好きで、よく近くの川にバケツと網を持って出かけてはハヤやタナゴなんかをたくさんとったものです。夏には川遊びをしたり、カブトムシ採りをしたり。冬は父が竹でソリを作ってくれて、雪遊びです。今でも、積雪量こそ少なくなりましたが、そんな風に自然のなかで子どもたちが遊べるような環境がたくさん残されていますよ。一方で、図書館や交流学習センター、体育館などの施設も充実しているので、スポーツからカルチャーまで、さまざまな活動をのびのびと楽しんでいただけるのも大きな魅力です。

けれど……一つ、大きな難点は、この地域は私の母校の飯田高校校歌にも「都の塵も通ひ来ぬ」と歌われるほど、陸の孤島のような場所で。

──陸の孤島、ですか?

下平:そう、これまで中央自動車道以外に高速交通網の恩恵を受けることがなかったので、現在の県外からの交通手段はほとんどが車での移動に限られています。東京からは約4時間、名古屋からは約2時間かかるんです。

しかし、2027年開業予定のリニア中央新幹線の長野県駅(仮称)ができれば、豊丘村もリニア駅から十数分の立地となります。予定では品川から45分、名古屋から27分。これはこの地域にとって、1300年ほど前に東山道が通り、はじめて都からの道ができたのと同じくらいのチャンスであり、変化となると私は考えています。この大きなターニングポイントを前に、何か新しい取り組みを始めたいと考えたのが、企業版ふるさと納税を通じた都市との交流であり、この「とよのーと」スタートのきっかけでもあるんです。

この、豊丘村の多様な恵みを都市部の皆さんと分かち合うことで、私たちの地域にもまた、新しい風が吹き込み、さらに活気ある村にしていきたいと考えています。

都市との交流により、段丘の美しい果樹園を守りたい

──今回、交流の拠点となるのはりんごを中心とした果樹園からですが、豊丘村の農業は、どのような特徴があるのでしょう。

下平:じつは豊丘村産のりんごはかつて、「マルトヨ」という印がつけられた人気ブランドで、大阪の市場でもっとも高値がついたと言われるほど高品質なものが育つんです。しかしながら他の多くの農村と同様に、高齢化や耕作放棄地の増加が課題となっています。その原因の一つが、地形。河岸段丘のため広い平地を作れず、大規模化や効率化が難しく、栽培に手がかかるんです。

だからこそ、手間はかかっても販売価格が比較的高い果樹が増えて行ったのだと思いますが、それでも補えないほど、離農される方は多い。段丘に広がる果樹園や、そこから見えるこの南信州の風景はとても美しいのですが、今、この素晴らしい環境を維持することだけでも大変な労力とコストがかかります。

──大規模化よりも、暮らしに密着した小さな農業が向いているということでしょうか。

下平:もちろん、専業で広く農地を持つ方もいらっしゃいますが、多くの方が関わり、見守っていただいたり、それぞれが少しずつ手を入れていくような農業のあり方は、豊丘村の現状に即していると思っています。都市部に暮らすみなさんに、この土地の美しさを味わっていただきながら農地の維持にも関わってもらえたら、とてもありがたい。そのための準備として、村では「企業版ダーチャ」の取り組みをいち早く進めています。

──「企業版ダーチャ」とは、なんですか? 詳しく教えてください。

下平:「ダーチャ」は、ロシアで古くから普及している郊外型住宅付き農園のことです。ロシアでは国から土地が貸与され、平日は都市で働き週末や休日はダーチャへ行き、自ら作物を栽培する、という暮らしが定着しています。これにより、インフレや凶作など有事の際にも国民は自力で食料を確保できたそうです。

もちろん、現在ロシアの食料事情は改善していますが、それでもモスクワ市民の約8割がダーチャを所有しているといわれます。これほどまでにロシアにダーチャが広まっている理由は、ダーチャがたんに食糧生産の場ではなく、都市での労働の疲れを農的生活によって癒し、また都市へ帰るというライフスタイルとして評価されているからでしょう。私たちはこのあり方に共感し、南信州全体がダーチャ的な都市の受け入れ場所になるべく、現在取り組みを進めているんです。

──企業版ふるさと納税に企業版ダーチャ。ともに「交流」が大きなテーマになりますね。

下平:そう、地域にとっても、新しい人や情報との出合いは活性化の大きな鍵になると思っています。僕自身、大学は東京へ行き、外の空気を肌で感じたことで、この土地の素晴らしさをより深く感じられた、という経験があります。そして交流される企業のみなさんには、交流をきっかけにここでの暮らしの豊かさを実感していただき、二拠点生活や移住を考えていただけたら、これほどうれしいことはありません。

――先日は早速、初の企業版ふるさと納税の寄附企業である太陽ガス株式会社との交流もありましたが、いかがでしたか?

下平:鹿児島県の企業なので、当地域との関わりは今まで皆無といっていいほどでしたが、こうした寄附をきっかけに知り合えることができたことがまずありがたいと思っています。今後、末永く豊丘村と繋がりが持てるように、多様な分野で情報を交換しながらお互いにwin-winの関係を高めていければと思います。

 懇親会をさせてもらった折にも、豊丘村のリンゴと鹿児島のみかんを交換交流できないかという話で盛り上がったほどです。お互いにとってメリットのある息の長いお付き合いが広がるのが理想ですね。

楽しさと、共感のなかで。交流の形を育んでいけたら

──ところで……。先ほどから壁にかかっている写真が、気になっていたんですが。

下平:あはは、これ? 僕の学生時代のバンドの写真なんですよ。

――村長、バンドマンでいらっしゃった……?

下平:原点はビートルズで、そこからイギリスのブルースやロックが好きで。エリック・クラプトンやレッドツェッペリン、それにブリティッシュ・トラッドなんかも夢中で聴きました。アメリカではザ・バンドやライ・クーダーとか、ヴァン・モリソンもいいなあ。30歳前には、サンバが好きになってブラジルにハマっていたこともありますよ。

ちなみにうちの村では高校生(ティーンズ)バンドのコンテストである「とよロク」がもう6回、開催されていて、毎回大いに賑わっています。ちなみに今人気のロックユニット「グリムスパンキー(※)」の松尾レミさんは豊丘出身で、レミさんのお父さんは私の2歳年下なんですが、ものすごく音楽に詳しい人で。彼とはよくレコードの話もしますよ。

――なんと、豊丘村はロックの村でもあったんですね。音楽関係の企業さんとも交流ができたら、楽しそうですね!

下平:ああ、それも楽しそうだね! 最近は都心ではスタジオも足りないというけれど、こちらなら思い切り音を出せる環境もありますよ。

――農業はもちろん、そういった楽しさや互いの気が合うところから、交流が育まれていくのも理想的ですね。

下平:そうですね。私たちも、まだ始めたばかりの取り組みなので、都市のみなさんとの対話を重ねながら、あるべき交流のかたちを作り上げていけたらと思っています。ぜひ、「こんなことをしてみたい」と、思いを伝えていただきたい。課題も多いですが、地方だからこそできることもたくさんあるはずです。まだ遠いところですが、ぜひ足を運んでいただけたらと思います。みなさんのお越しを、村をあげてお待ちしています。

※グリムスパンキー…豊丘村出身の松尾レミと、同じく南信州の飯田市出身の亀本寛貴のの二人によるロックユニット。代表曲に『怒りをくれよ』(『ONE PIECE FILM GOLD』主題歌)、『美しい棘』『愚か者たち』などがある。ヴァージンレコード所属。